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特設展「宮沢 賢治 保阪嘉内への手紙」山梨県立文学館 [催し物]

山梨県立文学館にて
賢治から嘉内への手紙が再び展示されます。

73通全ての手紙が初めて公開されてから、もう9年も経つんですね。
あの時の感動は、今も忘れられません。

関連イベントも要チェック

7月10日(日)には渡辺えりさんの講演もあります。
私も参加予定。

詳しくは文学館のHPを見てね。



特設展 『宮沢 賢治 保阪嘉内への手紙』 

2016年7月9日(土)~8月28日(日)

賢治自筆の手紙73通を公開  

詩、童話に独自の世界を切り開いた宮沢賢治。

山梨県出身の親友・保阪嘉内に宛てた73通の手紙から、二人の生涯と友情をたどります。


【会場】山梨県立文学館 展示室C

【会期】2016年7月9日(土)-8月28日(日)

【休館日】7月11日(月)、25日(月)、8月1日(月)、22日(月)

【時間】9:00-17:00(入室は16:30まで)


◆渡辺えり講演会「宮沢賢治と保阪嘉内」 要申込 
 
講師 / 渡辺えり(劇作家・演出家・女優)、 日時 / 7月10日(日)午後1:30~

会場 / 講堂、 定員 / 500名



山梨県立文学館のページはこちら→

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宮澤賢治の「悲嘆の仕事(グリーフワーク)」 第7回イーハトーブ・プロジェクトin京都より [催し物]

書こう書こうと思いつつ、
日々の雑用や仕事、年末の準備などに追われて、
早くももう一ヶ月経ってしまいました。
年を越してしまわないうちに、とPCのキーをたたいています。

11月29日(日)、「第7回イーハトーブプロジェクトin京都」に行ってきました。
今回は「宮澤賢治の「悲嘆の仕事(グリーフワーク)」。
京都府庁旧本館正庁の趣のある建物の中で、
竹崎利信さんのかたりと浜垣誠司さんの解説によって
妹トシを喪った賢治の心の軌跡をたどるというものでした。

死ぬことの向こう側まで一緒についていってやりたいという思いと覚悟。
トシ臨終の深い悲しみと傷。
亡き者への執着と探求。
その苦しみと心の葛藤を経て
賢治が愛する妹の死を受け入れ乗り越えてゆく様を追体験する企画は
賢治の生涯のなかでもおそらく最も重要な部分のひとつを知るものだったのではないでしょうか。

個人的なことですが、私は、約一年前から大きな悩みをかかえていて、
その葛藤と苦しみからか、
大好きなはずのこともいっこうに手が着かず、
何をしていてもどこか心ここにあらずの状態。
日々を普通にこなすことがやっとという有様でした。
いっときは気を持ち直してはいたものの
冬という季節は人の心を冬眠のように籠もらせてしまうものなのでしょうか、
また最近は何もする気になれないようになってしまっています。
こんなことではイカンと思いつつも・・・。

そんなこともあって、私は心身ともに疲れているのだろうと自覚したのは
通常なら頭も心も覚醒したまま聴いたはずの賢治の作品を
なんだかぼんやり聴いてしまっていたからでした。

竹崎さんの美しい「かたり」。
それは表面をなぞるのはなく、対象を自分のなかに取り込んで同化し
そしてはき出されるもの。
お声はまるで理想の賢治のようであり、
異空の彼方からやってくるような不思議な響きを持っています。

その心地よい、深い響きに包まれて
いつしか私は、身心に染みついた賢治のことばを
夢うつつのように聴いていました。

薄暗い古く美しい建物の中は
そこだけがぽっかり銀河のなかを旅していた、
そんな気がするのは私だけでしょうか。

はっと我に返ったのは、ジョバンニがあの真っ暗な石炭袋を見つけたあたりでした。
そして、突然、消えてしまったカムパネルラ。

賢治の哀しみ、語り手の哀しみ、私の哀しみ・・・
そして誰かの哀しみ。

結局、ひとはたったひとりで、
哀しみを抱かえながら透明な軌道を進んでいくしかないのでしょう。

それでも、あの空間で響きあった哀しみからは
きっと美しいもの、そして今日を生きる力が生まれてきた気がします。

公演のあとの余韻は長く、いろいろ思いを巡らせて
ふと気付いたこと。

「銀河鉄道の夜」という物語。
・・・カムパネルラを追ってジョバンニは鉄道に乗った。
死にゆくカムパネルラ。
ひとりで逝かせるのは可愛そうだから
ジョバンニが銀河の向こうまでついて行ってやった。・・・
ずっと私はそう思っていたのですが
じつはそうではないのだという考えが浮かびました。

カムパネルラを喪って、辛く哀しいのはジョバンニのほう。
カムパネルラにとって死はちっとも怖くない。なぜなら“お母さん”のところに行くのだから。
カムパネルラがどこへ行ったかわからず、孤独で不安で寂しいのはジョバンニ。
だからカムパネルラは、ジョバンニの意識に入り込んで、「一緒についてきてやった」のではないか・・・?

《僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんたうのさいはいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一諸に進んで行かう。」「あゝきっと行くよ。あゝ、あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集ってるねえ。あすこがほんたうの天上なんだ。あっあすこにゐるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。》

「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない」・・・
そうジョバンニがそう思えるようになるまで、
カムパネルラはジョバンニの側についていたのです。
しかもみんなのほんとうの幸いを探しにいくことを
ジョバンニがほんとうに決心するまで。

「ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこぢゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈」
ジョバンニは生きる限り、
どこまででも行ける切符をその手に持っているのだということを自覚させ、
たとえ自分がいなくても、暗闇のなかでも突き進んで行く勇気と力を与えてから
カムパネルラは消えたのです。

「ついて行ってやった」と「ついて来てもらった」は全く違う。
逆を考えてみたとき、
ジョバンニが銀河鉄道に乗った理由がはっきりとわかるような気がします。

賢治を残して行ってしまった人々・・・
子供の頃から、賢治は何人もの大切なひとを失っています。

なかでも最愛の、不憫な妹トシを失った賢治が
死後も彼女の存在を感じることによってその喪失感と哀しみから立ち直っていく姿は
ジョバンニに寄り添うカムパネルラと、立ち直っていくジョバンニの姿と重なって見えます。

さらに、ジョバンニに寄り添うのは、カムパネルラだけではなく
一緒に汽車に乗り込んで関わったすべての人たちです。

ジョバンニはひとりぼっちで生きて行かなくてはならない、
けれども、決してひとりぼっちではない。
だって、すべてのひとがジョバンニを支えているのだから!

はたして賢治はそう描きたかったのか、どうか。
けれども、もう、私にはそのような物語にしか読めなくなってしまいました。

「銀河鉄道の夜」という物語は、まさに「グリーフワーク」そのものの
物語ではないかと思います。

トシについていってやりたいと願った賢治は
じつはトシに寄り添われて生きていったのだと思います。

私もまた、今、たくさんのひとに支えられて
生きていられることに感謝しています。


浜垣誠司さんブログ「第7回イーハトーブ・プロジェクトin京都・終了」→こちら
竹崎利信さんブログ「悲嘆の旅の彼方に―おしまいは『銀河鉄道の夜』」→こちら  

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第8回『保阪嘉内 宮澤賢治 花園農村の碑 碑前祭』 [催し物]

今年も行って参りました、碑前祭。
もう一週間経ってしまったんですね~。
当日17日は心配されたお天気も、雲は多かったものの大丈夫でした。
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山猫博士の向山事務局長と清水会長

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碑文朗読は韮崎さざなみの会の金亮子さん

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韮崎市民合唱団とふぉーくしんがーず(さぶちゃん&じゅんちゃん)
による「勿忘草の歌」「帰去来」「アザリア」など

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みんなで乗り込む銀河鉄道

第2部の記念講演、その前に
2014年9月の埼玉県小鹿野町での「宮澤賢治・保阪嘉内 友情の歌碑祭」の模様をDVD上映。
お祖父さんの嘉内さんもびっくり、美佳さんの素晴らしい口上に大感動!

澤口たまみさんの講演、
「宮澤賢治 愛のうたーシグナレスとの恋、嘉内へのあこがれ」は
一般の人にも、コアな嘉内・賢治ファンにも興味深く聴き応えあるものでした。
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私としましては
著作やブログなどからうかがい知る、そのしなやかで繊細な感性と科学者としての確かな目に
憧れと尊敬の思いを抱いてきた澤口さんと
やっとお会いできるたことのよろこびはたいへん大きく
また、その気さくで楽しいお人柄にふれることができ
さらにさらにファンになってしまったのでした。
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澤口さんと保阪庸夫さん、とってもいいお顔のおふたり

碑前祭のあとは銀河展望公園で美しい夜景と月、中央線の列車が行くをみる。
そして姉妹亭にて恒例の歓迎会兼打ち上げ
いつも美味しい料理
今回は飲み過ぎないようにちょっぴり自粛(?)

次の日18日は嘉内の誕生日
素晴らしい秋晴れピーカンのお天気!
この日は朝から澤口さん、加倉井さんとともに
新村さんご夫妻(さぶちゃん&みかちゃん)と蟹沢さんに嘉内ゆかりの地めぐりに案内していただいて
お墓参りや當麻戸神社へ。
嘉内の生家からほぼまっすぐ、の境内は空気の澄んだ韮崎のなかでも
さらに清らかな気がして魂が洗われるよう。
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途中で一服したのは韮崎文化ホール前にできた増田珈琲。
富士山ブレンドはとっても美味しい珈琲でした。
今はこのブログを書きながらお土産にいただいた穂坂ブレンドを飲んでいます。
近くだったら通っちゃうよ~♪
増田珈琲FB

途中からはアザリア記念会事務局にて事務局長向山三樹さんも合流し、
じつに貴重な資料を見せていただいたりで
素晴らしい時間を過ごすことができました。

午後1時過ぎのあずさで八王子まではおふたりとご一緒、
三島に出て大岡信ことば館で開催の「ますむらひろし展」を観て帰宅。
充実の旅でした。

お世話になった韮崎のみなさん、
そして澤口さん、加倉井さん、ほんとうにありがとうございました。


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嘉内の生家に植えられていたカリンかマルメロか?(右側の樹)
きっと嘉内が植えたに違いない!と澤口さん、みんなで感動。

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嘉内がよく座っていたという縁側で記念撮影

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韮崎駅前の市民交流センターニコリにある「ふるさと偉人館」

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じつに貴重な資料たち・・・

詳細は加倉井さんの「緑いろの通信」に詳しいので
ご参考に→10月号はこちら




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「花園農村の碑 碑前祭 2015」のお知らせ [催し物]

待ち遠しいと思いつつ、気づけばもう来月に迫ってきました。
今年もやります、碑前祭!

記念講演の講師盛岡在住のエッセイスト・絵本作家 澤口たまみさん。
岩手大学出身で賢治の嘉内、アザリアの仲間たちの後輩です。
昆虫や小さな生き物への眼差しがとても優しく
生きとし生けるものへの慈愛あふれる素敵な女性。
いつかお会いしたいと密かに、でも強く思っていた方なので
とってもうれしいです。

前回の展示会紹介記事にも書きましたが
著書『宮澤賢治 愛のうた』は
秘められた賢治の恋に光をあて
賢治作品の謎をとく鍵とする画期的な論考。
ほかにもすばらしいエッセイや絵本をたくさん出されています。

みなさまお気軽に遊びに来てくださいね!


花園農村の碑 碑前祭
2015年10月17日(土) 入場無料
◆碑前祭
時間:午後1時30分~
場所:東京エレクトロン韮崎文化ホール前庭
『花園農村の碑』前
韮崎市藤井町坂井205  TEL:0551-20-1155
碑文朗読  ゆかりの方からのあいさつ
保阪嘉内の歌曲「藤井青年団歌」「勿忘草の歌」他
(韮崎市民合唱団)

◆記念講演
時間:午後2時10分~ 場所:東京エレクトロン韮崎文化ホール会議室         
講師 澤口たまみさん
(エッセイスト・絵本作家)
演題 宮澤賢治 愛のうた
~シグナレスとの恋、嘉内への憧れ~


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宮澤賢治 愛のうた (もりおか文庫)

宮澤賢治 愛のうた (もりおか文庫)




★澤口たまみさんのブログ「たまむし日記」→こちら





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「私が友 保阪嘉内 ―宮澤賢治全書簡」と「賢治・愛のうた展」 [催し物]

告知が遅くなりましたが
もう始まっています!!

盛岡岩手県立美術館
『特別展示「私が友 保阪嘉内 ―宮澤賢治全書簡」』 が開催中。

宮澤賢治の心友・保阪嘉内への手紙72通が、初めて岩手に里帰りしました。
盛岡は賢治やアザリアの友が青春時代を過ごした街。
大量の手紙の展示はたいへん貴重なことであり、
しかも里帰りとなると、今後はいつ?
ふたたびあるかどうかも難しいのでは。
嘉内のスケッチも展示されます。
6月28日まで。


さらに盛岡では「もりおか啄木・賢治青春館」にて
澤口たまみさんによる『賢治・愛のうた展』 も開催中。

賢治の秘められた恋に焦点ををあて
作品中にたくみに隠された恋人の存在を浮かび上がらせます。
こちらも6月28日まで。

みなさまどうぞ盛岡に足をお運びください!
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シンポジウムと『天使猫』Ⅱ [催し物]

もう一週間以上経ってしまいましたが、
前回の続きです。

先に観た知人・友人の評判もよく、
楽しみにしていた渡辺えりさんの『天使猫』


暗い舞台に波の音から始まる…。
一匹の猫が捜しているのは、どこかに埋まっているはずの妻の遺体。
最初の場面から、これはたいへんなものを見に来てしまったと思いました。

ストーリーなどあってない、
現実と幻想が入り交じり、
時空を行き来し、賢治の生涯と作品たちが交錯する、そして清六の生涯も重なる、
なにこれ、どここれ、誰がだれ、・・・あなたはだれ、わたしはだれ。
賢治は誰を捜しているの。
清六は誰を捜しているの。
・・・私はいったい誰を捜しているの・・・?

明るい賢治はそこにはいない、
苦悩する賢治、東北の暗い空の下、二つの三陸地震と津波に夾まれた生涯。
失踪した岩手山は、俺は何にもできなかったと言って泣く。
泣いていたのは賢治?いや、私?
津波にさらわれてしまったのはあなた。あなたはわたし。
津波にさらわれてしまったひとをいつまでも探すのはあなた。あなたはわたし。
いつまでも探すひとに心痛めるのはあなた、あなたはわたし

賢治のきれぎれのことばが舞い、突き刺さってくる。
賢治の血を吐くような苦しみが迫ってくる。


面白かった、とはとても言えない演劇。
私がもらったのは、えりさんの重い重い、想い。

忘れるなよ、東北を忘れるなよ、と
天使猫がささやく。

ホモイが受け取るのを拒んだ赤い玉、
しまいには賢治が受け取ったのね、と思ったのは間違い、
帰路についた時、私の中にしっかりとそれがあることに気付いて愕然とする。



波の音が今も聞こえる。
それは私の中で次第に大きくなっていく。
賢治が歩いた透明な軌道を目で追いながら
私はわたしの中の赤い玉のあるあたりを、そっと撫でてみる。

忘れない、忘れないよ、と。 

偶然にも昨日、フェイスブックに流れてきた動画
押し寄せる波、瓦礫の山、屋根の上のバス、
泥に半分埋まった遺体、シートの端から覗く細い指、動かぬ幼子の足。


天使猫。
期待するとかしないとか、面白いかそうでないかなんていうものを
遥かに超えてしまう、お芝居でした。
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シンポジウムと『天使猫』Ⅰ [催し物]

昨日11月24日、賢治がらみの二つのイベントがありました。

ひとつめはシンポジウム
午前中、半田市のアイプラザ半田というところで
児童文学者の故郷と文学館」という名のシンポジウムがありました。
当初200名の会場を予定していたら
応募者が多くて急遽、約3倍の収容力の大ホールに変更になったとのことで
たくさんの人が来ていて大盛況でした。

新美南吉記念館館長・山本英夫さん
金子みすゞ顕彰会事務局長・草場睦弘さん
宮沢賢治記念館副館長・牛崎敏哉さん
3名がそれぞれの記念館の紹介や成り立ち、地域の人々との関わり、未来への取り組みなどを
熱く語ってくれました。

それぞれ規模も立地も違い、特色をもった記念館を運営しているけれど
共通しているのは、
作家の無名の時代を支え、あるいは情熱をかけて発掘にあたり、
なんとか世間に広く知ってもらいたいと働いた人がいたということと
それを受け継いで後世に残し次世代へ繋げていかねばという思いで活動していること。

そして最も重要なことだと思いますが、
南吉もみすゞも賢治も、地方に生まれたけれど
中央を見据えながらも
地元・故郷を大切にし、そこを作品を描いたこと。

ほんとうのグローバル化は、地域を捨ててみんなが同じになることではなく
地域や個性を大切にしてこそのものだと教えてくれている気がしました。

草場さんは山口県の仙崎から、列車を乗り継いでこられ、
牛崎さんもはるばる岩手から駆けつけてくれて
愛知の地でこのようなシンポジウムが行われたことは、
愛知県人として、とてもうれしいことでした。

牛崎さんは、話の所々、賢治作品を岩手弁で披露もしてくれて、
きっと本場の岩手弁を初めて聴いた方がほとんどで
皆さん大いに楽しまれたのではないでしょうか。

終了後、ロビーに出てきたところで運良く牛崎さんに会うことができました。
ご挨拶できてよかった。
そして「まんがよんでますよ」の言葉にとびあがってしまって、
動揺してきちんと御礼が言えませんでした。
「ありがとうございますー!!」


『天使猫』
午後、正確には夕方からは長久手市にて
待望の『天使猫ー宮澤賢治の生き方ー』を観てきました。

渡辺えりさん率いる「オフィス3○○(さんじゅうまる)」の舞台です。
開場前に、うろうろしていたら、
向こうに手を振るひとが。
なんとー!
加倉井さんが当日券の発売を待って並んでいました。
鳥取(!)からの帰りに、思い立って観にきた、とのこと。
先月韮崎で会ったばかりですが
やっぱりうれしいですよねー。

と、いうことで、演劇の感想は次回へ。






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第7回 花園農村の碑 碑前祭   [催し物]

もう10日以上経ってしまいましたが
行ってきました碑前祭!

10月26日土曜日、快晴。

この青空の様な爽やかな碑前祭。

今回は若い仲間が増えました。
韮崎のシンガーソングライター、サガノユウキさん。
賢治ファンだったユウキさんは
プラネタリウム番組『二人の銀河鉄道』を見て感動し、
「銀河鉄道の街」という曲をつくりました。
その曲と「雨にも負けず」の2曲を
アザリア記念会・新村さんのコーラス付きで披露。

汽車の形の詩碑の前に立つお二人の歌を聴いていたら
まるで銀河鉄道に乗り込もうとしているジョバンニとカムパネルラに見えてしまって涙涙…。

毎年この日の為に集まり歌ってくださる韮崎市民合唱団の皆さん、本当に有難いことです。

賢治の絵本で知られる田原田鶴子さんは『二人の銀河鉄道』の背景に使われた絵を
アザリア記念会に寄贈してくださった!!
初めてご自分の作品を手元から離すとのことです、ありがとうございます。

金田賢一さんと丸尾めぐみさんによる朗読劇『二人の銀河鉄道』では、
プラネタリウムで観たときのそのままの声と音楽に、
場面が浮かぶとまたあの時の感動がよみがえってきました。
保阪嘉内が19歳の時に創った詩、「マイリトルブラザージョン」の朗読もあり、
これがまた愛情にあふれたいい作品。(近いうちにアップします)

美しいものをたっぷりと頂いて
心がいっぱいに満たされた碑前祭でした。

プラネタリウム『二人の銀河鉄道』を制作した高橋真理子さんも会場にみえていて
監修・アドバイスをした加倉井厚夫さんもいて
今年は、この作品によって結ばれた人々が集ったんですね~

保阪嘉内の長男・善三さんと次男・庸夫さんのお姿も見ることができ
ほんとうによかった。


打ち上げ居酒屋・百文家さんにて。
ここでも歌って騒いで、お腹もいっぱい。

賢治と嘉内は、人々の幸いを願って、ポラーノの広場や花園農村を夢に描いたのでしたが
岩手栃木鳥取を始め各地に今もなお広がり続ける友好の輪を思ったとき、
二人が創りたかったのは、ほんとうは場所のことではなく
こんな風な人と人との繋がりのことだったのではないかなぁと
生ビールを飲みながらみんなを眺めていたら
こみ上げてくるものがあって、なんとかバレないようにごまかすのが精一杯で…。

ああ、楽しかった、うれしかった。

素晴らしい人々が集まってくる韮崎!
みなさんお世話になりました。

来年もまた行きまーす!!



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『花園農村の碑 碑前祭』のお知らせ [催し物]

「保阪嘉内・宮澤賢治 アザリア記念会」からのお知らせです。

花園農村の碑 碑前祭

2014年10月25日(土) 入場無料
◆碑前祭
時間:午後1時30分~
場所:東京エレクトロン韮崎文化ホール前庭
『花園農村の碑』前

碑文朗読  ゆかりの方からのあいさつ
保阪嘉内の歌曲「藤井青年団歌」「勿忘草の歌」他
(韮崎市民合唱団)

◆記念朗読会プラネタリウム番組「二人の銀河鉄道」の感動をふたたび 
朗読担当 金田賢一 音楽担当 丸尾めぐみが来たる
時間:午後2時10分~ 場所:東京エレクトロン韮崎文化ホール会議室         
朗読と音楽作品
「二人の銀河鉄道」嘉内と賢治組曲、
野尻抱影、Toll the Bell その他


今年もわくわくするような催しです。
皆さんどうぞお気軽に、遊びに来て下さいね~!

(金田賢一さん、どんな方でしょうね、
 ちょっとドキドキします~)

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『修羅の誕生』宮沢賢治学会京都セミナー [催し物]

早いものでもう2週間も前になってしまいました。

4月20日(日)、京都造形芸術大学にて開催された賢治学会の京都セミナーに行ってきました。
プログラムは以下のとおり

①講演「宮沢賢治、京都に来る」浜垣誠司さん
②朗読と解説「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」牛崎敏哉さん
昼食休憩
③講演「宮沢賢治とジャータカ」君野隆久さん
④講演「宮沢賢治と修羅」中路正恒さん

講師の方々それぞれの視点、アプローチから賢治の「修羅」の誕生に迫る、
たいへん聞き応えのある講演でした。
浜垣さんは修学旅行と父子旅行の行程を詳しく解説。
牛崎さんは、素晴らしい花巻弁で詩を読んでくださり
そのBGMには「姫神」さんの音楽が。
私は、まだ「姫神せんせいしょん」というユニットだった頃から聴いていて大好きだったのです。
牛崎さんのパフォーマンスだけでも感動なのに、さらにさらに感激!
君野さんは、賢治が好きだった「ジャータカ物語」、中でも「ベッサンダラ王」の話について
賢治の深層心理に迫っていてとても興味深く参考になりました。
中路さんは詩「春と修羅」や「無声慟哭」などから、賢治と修羅、
そしてそこからあぶり出される父との関係を読み解いてくれました。

さらには、栗原敦さん、杉浦静さんからの質問・補足を通しての総括によって
今回のセミナーがぐっと引き締まったように感じました。



大正10年というのは、賢治にとって深い深い意味をもつ年。
その年4月、家出して上京中だった賢治を関西の旅に誘ったのは父・政次郎でした。
春の暴風雨の中、伊勢参りを経て京都へ。
二人で比叡山に登ります。
賢治が詠んだ

われもまた大講堂に鐘つくなりその像法の日は去りしぞと。

に象徴されるように、賢治にとって絢爛豪華な比叡山に対する印象はよくなかったようです。

賢治は、「ベッサンダラ王」に代表されるジャータカ、つまり捨て身の献身を望み、
それが正しい道だとしながら、
「アラムハラドの見た着物」のアラムハラドが思わず眼をこすってしまう
さっきまっで真っ青で光っていた空がねずみ色に変わり暗くなってしまったり、
「銀河鉄道の夜」で、しっかりやろう、僕たちどこまでも一緒に行こう、と誓った直後に
まっくらな孔があいているのを見てしまうことについて、
君野さんは
「自己犠牲は賢治の願望だったのではないか、捨て身=死の本能にちかいものをうすうす感じとっていたので最終的に疑問を持っていたのではないか。そこからどこへ進もうとしていたのか」
と仰り、
栗原さんが
「他を律する為に自分を捧げるということは一見正しいようだが実は押しつけではないか。賢治は尊い願いを持ってはいた。決して虚無には陥らなかったが、深い絶望を見ていたのではないか」
というようなことを仰っていました。

それまで信じ切っていたことが揺らぎ覆される。
何がほんとうに正しいことなのか。
迷いが、深い暗黒となって立ちふさいでいた。
賢治の修羅とは、そういうことなのかも知れない。

迫れば迫るほど、分かれば分かるほどまた新たな疑問がわき起こる、
それが賢治の「修羅」。

賢治が父と対立していたのは
決して法華経の日蓮宗対真言宗といいう構図ではなく
(だって同じ釈尊の教えなのだ!)
貧しい人も地位のない人も等しく救われるべき仏教であるはずが
裕福層を相手にした宗派・仏教会や
当時の比叡山に象徴されるらびやかな権威主義に対する反発・否定だったのではないかというのが
今の私の思い。

深い迷いの跡が作品であり
最期に父にそう語った言葉はほんとうだと思うし
また、これらはお釈迦様の尊い教えだ、と弟には語った、これもほんとうのことだろう。
迷って迷って迷って、それでも索続ける姿がほんとうは一番尊いのだと
賢治は最期に言いたかったのかもしれない。

「みんなのほんとうの幸い」を探して
僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない、と。






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