So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

「一本木野」について [詩]

一本木野
  

   松がいきなり明るくなつて

   のはらがぱつとひらければ

   かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え

   電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね

   ベーリング市までつづくとおもはれる

   すみわたる海蒼(かいさう)の天と

   きよめられるひとのねがひ

   からまつはふたたびわかやいで萌え

   幻聴の透明なひばり

   七時雨(ななしぐれ)の青い起伏は

   また心象のなかにも起伏し

   ひとむらのやなぎ木立は

   ボルガのきしのそのやなぎ

   天椀(てんわん)の孔雀石にひそまり

   薬師岱赭(やくしたいしや)のきびしくするどいもりあがり

   火口の雪は皺ごと刻み

   くらかけのびんかんな稜は

   青ぞらに星雲をあげる

      (おい かしは

       てめいのあだなを

       やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)

   こんなあかるい穹窿(きうりう)と草を

   はんにちゆつくりあるくことは

   いつたいなんといふおんけいだらう

   わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる

   こひびととひとめみることでさへさうでないか

      (おい やまのたばこの木

       あんまりヘんなおどりをやると

       未来派だつていはれるぜ)

   わたくしは森やのはらのこひびと

   芦(よし)のあひだをがさがさ行けば

   つつましく折られたみどりいろの通信は

   いつかぽけつとにはいつてゐるし

   はやしのくらいとこをあるいてゐると

   三日月(みかづき)がたのくちびるのあとで

   肱やずぼんがいつぱいになる


『春と修羅』第一集におさめられたこの詩を
私が初めて読んだのは、高校生2年の時でした。

賢治に関する知識もほとんど無く
地名も知らないため、具体的な場所を思い浮かべることもないまま
只単に、詩を味わっていただけでしたが
柏に対して賢治が言う言葉、
(おい やまのたばこの木 あんまりヘんなおどりをやると 未来派だつていはれるぜ)
がお気に入りでした。
風に大きく揺れる樹木は、まさにへんな未来派の踊り!
こんな表現になぜかどきどきしたものです。

そして何よりこの詩の最後の部分は
まだ若い私の心を捉えて離さなかったのです。

この詩人は、「こんなあかるい穹窿と草を はんにちゆつくりあるくこと」を
「はりつけとでもとりかえる」という。
自然のなかにいて、それらと交流することが
それほどのものだということを私に教えたのです。
実際に、私は、当時抱いていた、誰にも言えない悩みや孤独を
自然のなかで癒すことを覚えました。

さらに詩人はそれを「こひびととひとめあうことでさえ」同じだという。
恋人と一目会うこと=自然の恩恵をもらうこと、
つまり自然は恋人であると、言うのです。

つまり私にとっても自然は恋人…と思ってしまいました。
いや、そのように私に教えた賢治が、イコール自然となってしまったのです。
今はもうこの世にはいない賢治が、
風や木や光といったあらゆる自然のなかにとけ込んでいて
それが私の恋人だと思えてならなかった。

「わたくしは森やのはらのこひびと」
と賢治がいうとき
現代の私もまた、自分は森やのはらの恋人だと感じていた。
そう思うことで
私は詩人と交感していたのです。

オトシブミの小さな丸められた葉っぱを
恋人からの通信といい、
衣服にくっついてくる植物の種を
三日月型のくちびるのあとだという。

そのあまりのロマンス&エロスに
私の純真な心は(???)、完璧にノックアウトされたのです。

読んだ本の影響もあって
当時は賢治を真剣に童貞と信じて疑わなかったけれど
今ではまさかそんなこともあるまいとも思い
でも、そんなことはどうでもいいこととも思え
ある程度は、等身大の、でも偉大な賢治の姿を
捉えられるようにはなったかなとは思っていますが
それでも、やっぱり
賢治に対する想いは
当時とあまり変わっていない…

どころか
ますます酷いのかも知れません。

つまりは
賢治はやっぱり
私にとっては永遠のこひびと。

なのです。

さて、こんなことを白状したところで
どうなるものか…?

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。