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四本の銀ドロ [詩]

三三三
     遠足統率
                  一九二五、五、七、


   もうご自由に
   ゆっくりごらんくださいと
   大ていそんなところです
       そこには四本巨きな白楊(ドロ)が
       かがやかに日を分劃し
       わづかに風にゆれながら
       ぶつぶつ硫黄の粒を噴く
   前にはいちいち案内もだし
   博物館もありましたし
   ひじゃうに待遇したもんですが
   まい年どしどし押しかける
   みんなはまるで無表情
   向ふにしてもたまらんですな
       せいせいと東北東の風がふいて
       イーハトーヴの死火山は
       斧劈の皺を示してかすみ
       禾草がいちめんぎらぎらひかる
   いつかも騎兵の斥候が
   秣畑をあるいたので
   誰かゞちょっととがめたら
   その次の日か一旅団
   もうのしのしとやってきて
   大演習をしたさうです
       鶯がないて
       花樹はときいろの焔をあげ
       から松の一聯隊は
       青く荒さんではるかに消える
   えゝもうけしきはいゝとこですが
   冬に空気が乾くので
   健康地ではないさうです
   中学校の寄宿舎へ
   ここから三人来てゐましたが
   こどものときの肺炎で
   みな演説をしませんでした
       七つ森ではつゝどりどもが
       いまごろ寝ぼけた機関銃
       こんどは一ぴき鶯が
       青い折線のグラフをつくる
   あゝやって来たやっぱりひとり
   まあご随意といふ方らしい
   あ誰だ
   電線へ石投げたのは
       くらい羊舎のなかからは
       顔ぢゅう針のささったやうな
       巨きな犬がうなってくるし
       井戸では紺の滑車が軋り
       蜜蜂がまたぐゎんぐゎん鳴る
        (イーハトーヴの死火山よ
         その水いろとかゞやく銀との襞をおさめよ)

               ※

この詩は、『春と修羅第二集』に納められるはずだったもので、
小岩井農場に農学校の生徒達と遠足に行ったときの情景だと思われます。

賢治が銀ドロの木が好きだったことは有名ですね。
初めにこの木が好きだったのは、保阪嘉内の方かもしれません。
ドロノキ(銀ドロ)を詠んだ短歌があります。

 
  どろの木は三本立ちて鈍銀(にぶぎん)の空に向へり 女はたらき
  三本のどろの木に出て幹に入る鈍銀の空鈍銀の空

        (『アザリア』第一号「六月草原篇」より)


「遠足統率」と嘉内の短歌、
どちらも小岩井農場に立っていた同じ木の事だと思われます。
(このことに詳しいのは『宮沢賢治の詩の世界』
『「どろの木」と「銀どろ」(1)』『「どろの木」と「銀どろ」(2)』です。)

賢治は「遠足統率」で、ドロノキを四本といい
嘉内は短歌で三本と歌った、それはなぜでしょう。

賢治と嘉内どちらかの記憶違いでしょうか。
それもあり得ますが
嘉内が詠んだのは実際にその木を見た直後か、間もない時でしょうから
記憶違いとすれば賢治の方…?
でも、実際、この遠足の時にも
この木は立っていた可能性の方が強いのではないでしょうか。
とすれば、賢治は、三本のドロノキを
なぜ四本というのでしょう。

私は、賢治がその景色のなかに
「馬鹿旅行」のあの頃の自分たちの姿を見ていたからではないかと思うのです。
つまり「四本巨きな白楊(ドロ)」とは、アザリアの中心だった四人のこと。

この詩の最後の方には
「巨きな犬がうなってくるし 」というのも出てきます。
夜明けの頃に犬に吠えられ
驚いて逃げたのはまさに1917(大正6)年7月、
アザリア第一号の合評会を行った後、
秋田街道を夜通し歩いた「馬鹿旅行」の時です。

更にその一週間後、賢治と嘉内は二人きりで
岩手山に登り、「銀河の誓い」をします。
このことは二人のその後の生き方に
大きな影響を与えました。

賢治は、思い出の場所に、生徒達と遠足に来て
かつての自分達、強いていえば保阪嘉内のことを
思い浮かべていたのだと私は思います。

ほかのひとと一緒に行くことを断ち切り、
たったひとりで生きていくことを決めた賢治。
それでもやっぱり、いつも賢治の心にあったのは
楽しく輝やいた日々、生き方の原点ともなった
「アザリア」の友との絆のことだったのではないかと私は思います。


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コメント 2

mishimahiroshi

賢治と嘉内に思いを深めた内容。
静謐で沈潜したよいエントリーだと感心しました。
by mishimahiroshi (2010-09-04 22:50) 

signaless

mishima様、いつも有難うございます。
『宮澤賢治の詩の世界』の浜垣様より、岡澤敏男さんの記事http://ht.ly/2ztBzを教えて頂きました。
賢治と嘉内の友情・絆について、長く研究され、深く洞察されている方と存じています。

私は嘉内にも入れ込んでいるので、嘉内のことが多くの人に注目され、知ってもらえるのはとても嬉しいのです。
by signaless (2010-09-05 06:44) 

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